2021年7月7日水曜日

ラグビー部20年史その1

 





序文

何時かは誰か書かねばならない高崎高等学校ラグビー部史を岡田先生が書いて下さったその御苦労を心から感謝している。

今から20年前の終戦直後高崎中学校の生徒が誇りと希望を失い放心したように夜遅く繁華街をほう復している姿を見かけ先輩の一人として私は心を傷めたのである。

私は運動具店でアメリカンフットボールのボールを見つけた、定価は500円だった。早速これを求めて高崎中学校の富田先生を尋ね「生徒にラグビーをさせ、生気をよみがえらせてやりましよう」と意気投合、 直ちに内藤校長に面接し、ラグビー部設置をお願いしたが最初先生は「ラグビーは乱暴なゲームでしよう」と困惑顔。そこで私は肉弾相撃つゲームで、 一見乱暴に見えるがラグビーゲーム程正義と自制の精神を要求されるゲームはな

いので乱暴に堕する危具は全くないし、 現在希望を失った生徒には最適なスポーツであることを説明すると内藤校長は九州なまりのある元気な声で「よろしい、やらせえましよう」と気持よく許し、この一声がラグビー部を生んだのである。

そしてこの時から「モングサ」 のコンビが始まった。「モングサ」とは物ぐさの意ではない、 部の毒ぜつ家の大塚が名付けてくれたのである。即ち「モン」は富田先生のモンキーから 「グサ」は私の呼名のクササンからである。この「モングサ」から富田先生と岡田先生のコンビになって技術的に上昇を辿り、国体で優勝して帰って来た時、 高崎駅頭で富田先生と泣きながら握手したのを覚えている。

こうした輝しい部も創立当時は学校のブラックリストにのっている生徒が入部を希望したので部員の中には停学や誰慎の処分を受けた者も数人いた。

富田先生と私はこの生徒達にラグビー精神を説ききかせ、例の小型のボールでキック、パス、ドリブルなどを教えた。

私は大正9年早稲田大学のラグビー部草創時代の部員で、 現在の新しい技術的指導をする何にも持っていないので自然精神指導が主眼となり生徒達を自宅に集め、 ラグビー座談会を催した生徒達の顔から生気がよみがえり、殊にブラックリスト達は嬉々として集って来た。どれも皆よい生徒ばかりだった。

その頃は中学校が高等学校に改編期だったので、 或る日教務主任の先生が私を尋ねて来られ「あの生徒は勉強はせず悪いことばかりしているので高等学校に入学しても望がないから保護者にも了解をえたから」と高等学校進学を拒んだので私は富田先生と相談して一ヶ年だけラグビー部で責任をもつ条件で進学した生徒もいた。その後彼は勉強もし、人間的にも成長して大学を卒え、現在は中学校で教離をとっている。

私はブラックリスト達が大学を卒え、一流会社の課長になったり或は自営で盛業を続け、各自が与えられた責務を忠実に果している真しな姿を見る時「ラグビー部をやらせてよかったなあ!」と思うのである。

それ故に私はラグビー部創立20周年に次の文を綴り、刻んだ記念橋を贈りたいと思っている。

Only fifteen menbers

Only a duty done

now, they have won the Victory.

昭和40年10月18日

高草木喬




刊行のこと ば

私は昭和14年3月明治大学を卒業、高崎市の理研水力機株式会社に就職、友人達と高崎理研ラグビーチームを結成した。その時のメンバーの平田克巳氏に、高草木喬先生を紹介された。それは終戦後の昭和22年のある初秋の夜であった。それが起縁となり、高崎高等学校ラグビー部を指導することになり。以来約20年の間、 監督指導し、 130名のO·Bを送つた。

憶いおこすと長い間にも感じられ、また憶い出を辿ると、ほんとうに短い間であったようにも感じられる。

そこで、この本の刊行を、次の三つの理由から思いたった。第一は、本年度で創立20年の歳月をへたこと。第二は、長年、直接監督指導した私が書いておかなければ、この輝しい高崎高等学校ラグビー部の歴史が消えてしまいそうに思われたこと。第三は、私は昭和38年以来、 野球部を担当することにになったので、 ラグビーのことについて考える余暇がなくなり、記憶もうすれつつあること。

以上のことから過去の記録をひもときながら、記おくを辿り、思うようには書けないが、年次を追ってまとめてみることにした。

勿論、私の書くこと故、細大もらさず書き連ねることはできない。楽しかったことなどおもい出すままにつづってみた。

この歴史に、輝しい記録をとどめさせていただいた、 御理解ある多くの方々の御指導御機達に対して、 また資料を残して下さった富田俊一先生はじめ先輩の諸兄に深甚の謝意を表します。

昭和40年8月

岡田由重




































2021年6月16日水曜日

ゴールポストの工事が始まりました

 







ゴールポスト新調に向けて工事が始まりました。

2021年6月11日金曜日

ラグビー部20年

 

高崎高校ラグビー部
20年史





昭和40年12月20日に発行された
高崎高校ラグビー部20年
よりのちに監督となった故中原先生の文章を抜粋いたします。

中原射鹿止君 (昭和31年卒)

高高へ入学した時、 見たことも聞いたこともないラグビー部へなぜ入ったのか、今もってわからない。それは丸くない奇妙な形をしたボール、実は貴重な教訓と不思議な魅力がひそんでいるようであったからか。

「雨にも負けず、風にも負けず、一日五合五句の米を食べ、学校の成績は多少悪くても、だ円のボールに青春をかける」とラガーマンを指して云った人がいた。我々の高校生活はこんなものだったろう。水銀柱が30度を越す真夏でも、空つ風の吹きまくる真冬でもそんなことはかまわない。

一走れ走れーそして一タックルーだ、グラウンドは硬い。怪我はする、お世辞にも練習は楽しいとは思えなかった。だが練習が辛くなれば辛くなるほど、勝った時の喜び、負けた時の無念は言葉では言いつくせないものがある。今思えばこんな生活がなつかしく楽しいものであり、また目標を達成するために必要な何ものかを教えてくれた。

あの全国制覇の偉業が成し遂げられたのも、この生活の場を与えてくれた高草木先生をはじめ富田、 岡田両先生、そして先輩諸兄のラグビーに対する情熱の賜と心から敬服している。

「ラグビーを一楽苦備一と書きたい、苦しさをのりこえてはじめて楽しさが味えるのである。すなわちラグビーは人生の縮図である」と書いている人がいた。私はこの言葉が大好きである。

先生そして先輩諸兄が汗と血と涙で築き上げたこの高高ラグビー部が目出度く20周年を迎えるに至った。 この伝統と栄誉貴重な教訓を後輩達に伝える大役を未熟な私が務めていることは非常に光栄とするところである。

ラグビーのよさは勝つためにベストを尽すことにあると思う。高高ラグビー部は勝てるチームになりたい。それが私の心境である。














2021年2月20日土曜日

高﨑高校



 











2月21日(日)BSテレ東 

 21:00~

THE名門校!日本全国すごい学校名鑑
母校高崎高校がでます 
昨年のラグビー授業も出るかもしれません
よろしくお願いします。



2020年10月13日火曜日

全国大会予選応援に関するご連絡









第100回全国高校ラグビーフットボール大会県予選が

始まります

10月25日 高崎市八千代G

渋川工高 と対戦します

浜田主将から
”このチームにとって最初で最後の公式戦。3年間の全てを懸ける”
この大会にかける熱い想いが伝わってくるメッセージがありました。

しかし今年は新型コロナウィルス感染予防対策のため
OBのみなさまの応援を控えていただきたいとの要請がありました。

OBみなさま 
ご協力のほどよろしくお願いします。














OB会年会費納入のお願い
コロナ禍のなか以前としてきびしい状況が続いています
また行事が行えなかった影響もあり、会費以外の収入が
全く見込めないのが現状です。
円滑な運営を行っていくためにもみなさまのお力が必要です

ご入金は以下の口座へ
群馬銀行高崎栄町支店ー普通預金ー981293
高﨑高校ラグビー部OB会

みなさんよろしくお願いします。

2020年10月4日日曜日

新年総会懇親会中止のご案内













2021年新年総会懇親会は
開催を見合わせ、来年以降に延期させていただきます。
詳細については、後日ご連絡いたします
現在の社会情勢により決定させていただきました
ご理解のほどよろしくお願いします。



2020年8月18日火曜日

8月10日夏合宿









8月10日~12日高崎市八千代G

校内合宿が行われました













































8月10日参加いただきましたOBのみなさん

またその後11日、12日にご参加いただいたOBのみなさん

酷暑のなかたいへんお疲れさまでした


ありがとうございました